三幕の六・暗転

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顎を掴む。 小さな顎だ。 頬の輪郭はまだ丸く、幼い肉付きが手の平に感じられる。 強く掴めば簡単に骨を砕いてしまえそうだ。 びくりとして紅花が目を見開いた。 唇がわななく。 紅を塗っていない、ふっくらと桃の実を思わす桜唇だ。 驚きに声を失くしている。 円らに大きな瞳にもまた、驚きの色が浮かんでいた。 やがてそれは怯えの色を帯びる。 自身の顎を掴む男の手の大きさ、力の強さ、逆らえない圧力を感じ取り、身を硬直させた。 「おまいさん、まだ仕込みを受けてねぇそうだな」 「…………はい」 蚊の泣くような声が応える。 可哀想。 そんな言葉がよく似合う可愛らしい少年だ。 いつかの玉露とは似ても似つかない。 「それでどうするつもりだい」 「……どう、とは……」 意味が呑み込めない。 そんな表情である。 だがそもそも理解しようとしているのだろうか。 ただ怯え、射竦められるばかりで、思考をやめてはいないか。 冷ややかな眼光で鳳ノ介は紅花を見下す。 「見限られてんじゃねぇのかい?」 クイ、と鳳ノ介は片側の口角を上げた。 紅花の目がますますもって見開かれた。 直後、サッと伏せられる。 長く弧を描く睫毛が心の裡を覗かれるのを防ごうとするかのように、瞳を隠した。 鳳ノ介は内心でほくそ笑む。 夜風に吹かれる花びらに似て、小刻みに震える唇が少年の不安を如実に物語っていた。 目は口ほどに物を言う。だが目など見えずとも、言葉なぞなくとも、人の心は他からいくらでも読み取れる。
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