三幕の六・暗転

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「こうして倒れっちまうほど疲れ切ってたってのに、おまいさんには一言もなかったんだろう?   おまいさんが客を取れりゃあ、少しは楽ができるってのに、コイツは仕込みもしないで働き通し。おまいさんが使い物にならねぇって決めてかかってやがる。違うかい」 真実ではなかった。 今夜の相手が鳳ノ介でなければ、玉露はこうはなっていなかっただろう。 何かしら気もそぞろになるような悩みを抱えていたとしても、そんなものはどこ吹く風と素知らぬ顔で客に入れ込んでいるふりをするくらい、彼には造作もないことだ。 実際それなりに出来てはいたのだ。 『それなり』でしかないことを見抜けてしまう鳳ノ介が相手だったのが、単に間が悪かったのだ。 そしてそれを見逃してやらなかった鳳ノ介の手腕が不味かったのだ。 疲れていたから、心労が祟ったから、玉露は倒れたのではない。 鳳ノ介が踏み込み過ぎたせいだ。 そのせいで、いつしか図太く育った神経の脆く儚かった芯の部分が剥き出しにされてしまった。 紅花は一切関係ない。 けれどもそれを解し得るだけの知識と経験を紅花は持っていない。 賢い少年ではあるのだろうが、いかんせん身が幼く、玉露との付き合いの長さも他の客ならともかく鳳ノ介には遠く及ばない。 しかも(にぶ)い。 複雑な感情を単純な言葉にしか当てはめられない(おさな)さが、鈍感さに結びついている。 だが言い換えれば敏感に感じ取っているにもかかわらず、それを正しく処理する術を知らぬだけ。 足りぬ知識と(つたな)い知恵で、遠からずとも近からぬ誤った着地をする。 故に、自身は関係していない、そのことを紅花は感じ取ってはいたけれど、正確には把握できず、代わりに感じるのは己が無力さだった。 その心に、鳳ノ介の言葉は余りに鋭い棘である。 突き刺された紅花は泣き出しそうに瞳を潤ませた。
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