三幕の七・落着

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「いくら哥さんだってねぇ、もうとっくに引退し終えてんだ。いつまでも弟分のやりように口出しするなんざ、野暮ってもんだろ」 言って玉露は開いている方の手でボリボリと髷の崩れた頭を掻く。 そして呆気なく鳳ノ介の腕を離すと、両手を高くして「うーん」と伸びをした。 「あぁ、良く寝た」 まったく呑気なものである。 紅花はもはやキョトンとした表情だ。 「いつの間に起きてらっしゃったんですか」と、言いたい言葉が空回りしてぽかんと口を開けている。 鳳ノ介はと言えば、特に驚いた様子はなく、かと言って悪びれた風もなく、苦笑じみた珍しい表情で大あくびする玉露を見ていた。 その眼差しは、つい先刻までの剣呑さとは程遠い代物に変わっている。 「狸寝入りで盗み聞ぎするたぁ、それこそ野暮じゃねぇのかい」 言われたことをそっくりそのまま返してやると嘯く口元も、どこか楽し気に綻んで見える。 呆気に取られる紅花は、ポカンとしたまま鳳ノ介に差し出された手を借りて居住まいを正した。 それもまた先刻までの流れを考えると妙な具合である。 要するにあれは冗談だったのだろうかと首を傾げるところに、 「あんたもあんただよ。やられっぱなしで張り合いがないったら。ちったぁ根性見せたらどうなんだい。あたしの躾が悪いみたいじゃないさ。恥ずかしいったらありゃしない。  言っとくけど、あんたの出来が悪いのはあたしのせじゃないからね。手前のケツくらい手前で拭けなくてどうすんだか。しょんべん臭いガキは御免だよ。蛙だって蛇に睨まれりゃ噛みつくってのに、そんなんだからいつまでたっても子狸だってんだ」 間髪入れず言いがかりとも扱き下ろしとも取れる台詞が浴びせかけられた。 「そんなぁ」 玉露ですら『苦手だ』と言い切る相手を前に、紅花が太刀打ちできるはずもない。 少年は情けない声を出す。 因みに、言わずもがな蛙は蛇を噛まない。噛みつくなら窮鼠が猫をである。 ――とは、勿論言えない紅花であった。 「兎も角」
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