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これが仕切り直しと、玉露はいやにきっぱりした声を発する。
次いでニヤリと人を食った笑みを湛え、挑発的な目線を鳳ノ介に投げた。
「哥さんにしちゃあ随分なドジを踏んだってことさね」
向けられた視線の先で、鳳ノ介はフッと笑うと諸手を挙げる仕草を真似る。
訳が分からないと顔に書いて両者を見やる紅花を余所に、二人は言外の言葉を交わし合っているようだった。
要するに、どちらも紅花を山車にしてじゃれ合っていたようなものである。
鳳ノ介は遅々として進まぬ玉露の紅花に対する仕込みに痺れを切らせており、
玉露も玉露でそのことは先刻承知、
遂にはトキワまで手駒にしようとしたらしき鳳ノ介の様子を察し、罠を這ったという訳だ。
が、果たしてどこからどこまでが戯れで、どこからどこまでが本気であるのか。
どちらもが遊びに長けた玄人故、判別は難しい。
恐らく、当の本人にも。
ただ確かなことは、ここに至ってようやくここ数か月の攻防に一つの区切りがついたことぐらいか。
今後、鳳ノ介が紅花についてとやかく口出しすることはあるまい。
元々、それこそ野暮な行いであるから、色男の好むやり口ではない。
らしくもなくつい熱くなった。とまあ、そんなところであろう。
それを見越して落としどころを見つけてやったとすれば、玉露の行いは実に思いやり深いと言える。
さしずめ血気に逸る夫を掌に転がす賢妻の手腕である。
そう思ってか否か、
「男冥利に尽きる」
と、鳳ノ介は常々女を惑わす美貌に皮肉屋な笑みを浮かべて言うのだった。
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