幕の裏の七・伏兵

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娘の言に彼女はぐっと言葉に詰まる。 別にそんなことは言いやしないですよ。 少し間を置いてから、彼女は拗ねたような口ぶりで言い返した。 少し疲れているのね。 ついでのように、独り言じみてそう続ける。 急に気弱にならないでよ。 別に日和(ひよ)ってなんかいないわ。 日和ったとは言ってないでしょう。 往復書簡のような言葉を交わして、今度は互いに苦笑した。 それにしても品がないわねぇ。 各々好き勝手に咲き競う花束を眺めて彼女はまた言う。 でも奇麗でしょう。娘は笑って受け流した。 まるで娼妓の着物のようね。華美で下品で―― アコガレル と、声を閉ざした彼女の唇がそう動いた気がして、娘は花を整える手を止めた。 娘の(みは)った目の先で、彼女はすいと瞳を泳がせ、雨の降り続く窓辺を見やる。 籠の中の憐れな鳥はいつでも大体美しいのね。 キレイな歌声を響かせて、誰にだって媚びを売るのだわ。 心を込めて偽りを囀って。 そうでもしないと生きられないものねぇ。 何を言っているかわからないよ。 そう言って、娘は彼女の言葉を妨げようとする。 するすると滑り落ちるような彼女の言い草が、娘を無性に不安にさせた。 季節外れの花みたいなものだわ。 いつでも奇麗でいつでも美しい、良い声の鳥なんて。 ここも同じね。 いつでも清潔(きれい)でいつでも白い。いつまでも生きる人なんか居やしないのに、いついつまでも生き永らえさせようとする。 ねぇ、やめて。 まるで(むろ)の中のよう。 徒に咲いて呼ばれて(うた)うのでしょう。
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