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四幕の一・盛夏
みぃん、みん、みん、
ニー、ニー、ニィィ……、
と、そこかしこで際限のない蝉時雨が鳴り響く。
間口の狭い家々の隙間で、窮屈さに負けまいと生い茂る庭木だの植木だのの緑は深く、強い日差しに真っ白に光る舗装のない道に濃い緑陰を刻み込む。
が、そんなものではちぃとばかしも涼めやしない。
遠くを見やれば陽炎が揺れる。
風情もへったくれも失われる蒸し暑さ。
夏である。
まったくの夏である。
ここ茶屋町にも、当たり前だが夏の盛りが訪れた。
常は情緒豊かなこの土地もこの時期ばかりはところがどっこいただただ暑い。
高原やら海際やらならともかく、寺川町は避暑には向かぬ。
縦横無尽に走る河川すら真夏の暑さには敵わぬらしく、温んだ水を気だるげに運ぶばかり。
寺社の敷地内には木立の梢が日差しを遮る場所もあろうが、風の一つも吹いてくれねばさして涼しいこともない。
どうせだったら楓や紅葉の美しい頃合いに訪れようと、さしもの観光客の足も夏場は遠のく。
そんなわけで、概ね観光地として栄える寺川町が最も閑寂とするのがこの時期であった。
尤も、うだる暑さの中にあっては、『閑寂』という言葉はどうもしっくりこない。
逃げ水に似た沼地に浮かぶハスの葉の揺らぐ白昼夢を彷徨い歩く微睡みみたいな寂れ具合だ。
要するに、全体的にぼうっとして掴みどころのない雰囲気が町全体を覆うのである。
誰しもがうだうだとしてしまう、そんな空気だ。
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