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急な階段を足元に気を遣いつつ下った紅花は、汚れた水を裏庭に捨てて雑巾やら掃除道具やらをきちんとしてから屋内に戻る。
再び二階へ上がるつもりでふと投げかけた目線の先に、玉露の姿を見止めた。
彼は細い廊下の中ほどで腰を下ろしている。
紅花が気づいたのとほぼ同時に玉露もまた少年を見止め、ちょいちょいと手を動かした。
呼ばれるままに紅花は小走りに傍へ寄る。
「こんなところで何をなさっておいでです?」
玉露はしどけなく着崩れた襦袢はそのままに、坪庭を臨んで板張りの廊下から足を投げ出していた。
手には布張りの扇子、傍らに湯呑の載った盆がある。
「見てわかんないかい、涼んでんだよ。二階は暑くて堪らないからねぇ。あんなんじゃちぃとも眠れやしない」
パタパタと扇子で風を送りながら、玉露は忌々し気に毒づいた。
昼間の茶屋に客がなくとも、日が沈む頃合いには玉露を求める客が訪れる。
真夏だろうが真冬だろうが彼の人気ぶりに衰えはない。
夜に働いて、昼間休養めないのでは、体を壊してしまいやしないか、紅花はやや心配だ。
尤も、玉露にとってはもう何年も続けていることだから心配には及ばないのだろうけども。
「昨今じゃセンプウキとかいう勝手に動く団扇があるんだろう? うちにもそれ、置いちゃくんないかねぇ」
ああ堪らない。と玉露はぼやいて、元よりだらしなくなっている衿の袷を片手で摘まむと、内側に風を送り込む。
斜め後ろに佇む紅花の目は、知らずその胸元に引き寄せられた。
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