四幕の一・盛夏

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花紋様の織りの浮かぶ淡色の絹の襦袢はいかにも女らしく、 その隙間からはふくよかな胸の膨らみと谷間が覗きそうに思える。 だが実際は女のそれに比べるとまったく扁平(へんぺい)な胸板があり、汗に濡れて光っていた。 小さく薄く色づいた部分のすぐそばを、透明な滴が伝い流れる。 それを目で追いかけた紅花は、急にハッとして瞬きした。 頬が僅かに紅潮する。 その(よし)を、初心(うぶ)さの残る少年は深く考えずに口を開く。 「扇風機(アレ)はデンキというもので動くそうなので、ここでは使えないと思いますけど」 紅花が言うのに玉露は大仰にしかめ面して見せた。 「んなこたぁわかってるよ。誰が教えてやったと思ってるんだい」 勿論、玉露本人である。 そしてその知識を玉露に与えたのは、情報通で新しもの好きの猪田(いのだ)か、立派なお屋敷に最新式の家具を備えていそうな男爵家の占部(うらべ)粋正(きよまさ)か、いずれその辺りの客らであろう。 「まったく馬鹿も大概にして欲しいねぇ」などと、玉露は扇子を動かす手を止めないまま紅花を悪し様に言う。 が、玉露の悪口雑言はもはや趣味みたいなものであるから、紅花もこの程度では動じない。 ちょっと唇をへの字に曲げただけで、他に玉露の気の紛れそうな話題を探した。
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