四幕の一・盛夏

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「親父さんに言ってわらび餅でもお持ちしましょうか」 「わらび餅ねぇ」 見た目だけでも涼をと、提案する紅花に玉露はいまひとつ乗り気でない。 わらび餅よりは(くず)が良いだの、葛なら吉野まで行って買って来いだの、口から出まかせに言うだけ言って、 ついにはゴロンと仰向けに転がった。 無論、廊下の床は板張りである。 敷布どころか枕も座布団すら強いていないのでは背が痛かろうに。 それにも増して気掛かりなのは、廊下の先から庭へと投げっぱなしの素足である。 大股開きに襦袢が乱れ、太ももまでもが露わである。 筋を浮かべた内腿は、意外なほど太く力強い。 夜毎に鍛え抜かれている。 そのくせ日陰者の生っ白さで、強健なのか病的なのか判じかねる。 判ずる由もないのだけれど。 一度くらい触れてみたい。 無自覚に紅花は思った。 玉露の着付けなら常々している。 (ふんどし)履きの陰間もいまいて、彼は下穿きを着けずに直に着物を纏う。 玉露の裸体なら紅花は飽きるほどに見ている。 また、自身では手の届かぬ首の後ろなぞの白粉を塗ってやるのも少年の仕事だ。 勉強を兼ねて化粧を手伝ったことも数え切れぬ。 しかし、いずれの場合も紅花の手に触れるのは、 上質の絹の水面のようにひんやりとした艶やかな感触や、 使い勝手よく職人が拵えた道具の白木や漆塗りの硬さであって、 素肌に触れる機会は存外にない。
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