四幕の一・盛夏

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玉露の肌は客の為のもの。 磨いた爪も、結い上げた日本髪も、着飾った衣も、妖艶な美貌も、伸びやかな四肢も、 すべては客の為のもの。 金子と引き換えの大事な商売道具である。 見習い小僧ごときが気安く触れられるものではない。 紅花にさせて貰えるのはせいぜいが手入れの手伝いくらいである。 触れたところでどうという訳でもないが、 触れれば未熟な自分との違いを感じて、どの辺りが及第点かくらいはわかるやもしれない。 ならば少しは触れてみたい。 妙に生真面目な少年は、そんな理屈をこねくり回す。 自覚しない頭の片隅で。 そうしてじわりと汗ばんだ。 みんみんと蝉が鳴く。 刹那の求愛の合唱は耳鳴りに似ている。 切り揃えた前髪の下から、汗の雫が鼻先に伝った。 つい袖口で拭おうとして、ハッと懐から手巾を取り出した。 玉露の前で着物を汚しでもしたなら一大事である。 躾の行き届かぬ仕草を詰られるばかりか、根性を叩き直すと言って文字通り尻を百遍(ひゃっぺん)叩かれかねない。 尤も、指導をする当の玉露は、お天道様に局所すら晒しかねない格好で廊下に寝っ転がっている自堕落ぶりであるから、説得力は微塵もない。 これで陰間ぶりにも冴えがなければ、紅花にも盾突く余地があるのであるが。 そうは問屋が卸さぬのが百戦錬磨の彼である。 昼間と夜との激し過ぎる落差の間を、少しは埋めてくれまいか。 などと、少年は詮無い事を考えたりした。
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