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「もてなしなんざするこたないよ。この男は放っておいたって好きにするんだからさ。遠慮の『え』の字も知りゃしない」
見咎めた玉露が紅花を制し、ついでにトキワへ悪態を吐く。
トキワは堪えぬふうに聞き流し、立ちんぼになった紅花を手招くと、懐から何やらがさごそやった。
手を出すように仕草で促す。
紅花は小首を傾げつつ、指先をきちんと揃えて両手の平を差し出した。
カサリと乾いた音がして、トキワの手の中から小さく折り畳んだ紙が紅花に渡った。
いや、紙ではない。
紙のように薄っぺらで四角いが、紙よりずっとツルツルとして光沢がある。
開いてみると、水面のように透き通った青色をしていた。
「なんだい、そりゃ」
玉露もちょっと興味を示したとみえ、起き上がらないまでも上体を浮かせて紅花の手元を覗こうとする。
『せろふぁん』と、トキワは耳慣れない響きを口にした。
「透かして見てごらん」
言われるままに紅花はセロファンなるツルツルの紙片を目の高さに翳す。
目の前の景色が青に染みた。
セロファンは紙とは違って、色はあるのに透明で、視界を一切遮らない。
そのくせ光景を一変させる。
青一色にそまった世界は、けれどもただ単色の青なのとも違って、庭木はやはり庭木の緑で、白漆喰の壁は白漆喰の壁であり、茶色い床は茶色いまま、
玉露の髪の豊かに黒いのも損なわず、襦袢の絹の淡い色目や艶やかさもそのままに、
だがまったくの青に染め変えられているのである。
「気分だけでも涼しいだろう」
言葉を失って目を瞠っている紅花に、トキワはにこやかに語りかけた。
紅花はセロファン越しの光景から目を離さないままコクコクと頷く。
「湖の底に沈んだみたいです」
「琵琶湖のひとつも見たことない癖によく言うよ」
素直な少年の感嘆を、玉露が一蹴した。
しかしその眦高い双眸は、紅花の手元に熱心に注がれている。
彼にとっても珍しい品であるらしい。
これをトキワが玉露にではなく、まず自分に与えてくれたことに、紅花は密かな優越感を覚えた。
玉露に贈ったとて子供だましと一笑に付されるに過ぎない為ではあろうが、それでも嬉しいものは嬉しい。
やはりトキワは特別だと紅花は思った。
他の客ではたかが部屋付きの小僧になど物を呉れたりしない。
そればかりか、挨拶すらないのが普通だ。
『おチビちゃん』などと話しかけてくる猪田のようなのは稀である。
例え座敷で舞を披露しようが三味で場の雰囲気を作ろうが、居ない者のように扱われるのが見習い陰間の役目である。
黒子と同じだ。
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