幕間の八・院にて

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「歳ってなぁ嫌なもんだねえ」 近くに木陰を探して垣根の石に腰を下ろした女は、着物の袂で影を作りながらカンカン照りの日を仰ぐ。 たかが暑さにやられる自身を嗤ったらしかった。 かつてはどんな暑さ、寒さもものともせず、友と駆けずり回った子供の時代があったはずであるのに、実感が伴わぬのであろう。 その横顔を近くに佇み眺める男も、遠く過ぎ去りし幼い日々に思い巡らす目をしていた。 ワンワンと泣きじゃくるような蝉時雨が降っている。 車輪の跡の残る道は、白く光って陽炎を立ち昇らせていた。 吹く風は熱を運ぶばかりで涼を呼ばない。 ただ緑陰だけが、小川の底に似て揺らいでいる。 「一度、中に入りましょう。どのみち俥を呼ばなけりゃならない。受付の人に頼んでみましょう」 やんわりと男が促す。 渋々そうに女は立ち上がった。 「あんたが気を利かせてひとっ走りして来てくれても良いんだよ」 「それも良いですが、中の方が涼しそうです。休ませて貰いましょう」 「そうやって言いくるめて女を宿に誘うのかい。使い古された手管だねえ」 「それ程でもないです」 「褒めてないよ」 憎まれ口ともじゃれ合いともつかぬ会話を交わして、二人は再び歩き始めた。
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