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「歳ってなぁ嫌なもんだねえ」
近くに木陰を探して垣根の石に腰を下ろした女は、着物の袂で影を作りながらカンカン照りの日を仰ぐ。
たかが暑さにやられる自身を嗤ったらしかった。
かつてはどんな暑さ、寒さもものともせず、友と駆けずり回った子供の時代があったはずであるのに、実感が伴わぬのであろう。
その横顔を近くに佇み眺める男も、遠く過ぎ去りし幼い日々に思い巡らす目をしていた。
ワンワンと泣きじゃくるような蝉時雨が降っている。
車輪の跡の残る道は、白く光って陽炎を立ち昇らせていた。
吹く風は熱を運ぶばかりで涼を呼ばない。
ただ緑陰だけが、小川の底に似て揺らいでいる。
「一度、中に入りましょう。どのみち俥を呼ばなけりゃならない。受付の人に頼んでみましょう」
やんわりと男が促す。
渋々そうに女は立ち上がった。
「あんたが気を利かせてひとっ走りして来てくれても良いんだよ」
「それも良いですが、中の方が涼しそうです。休ませて貰いましょう」
「そうやって言いくるめて女を宿に誘うのかい。使い古された手管だねえ」
「それ程でもないです」
「褒めてないよ」
憎まれ口ともじゃれ合いともつかぬ会話を交わして、二人は再び歩き始めた。
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