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しばしその様を見守っていた玉露は、そのうち愛想を尽かして口を開いた。
「要するに、猪田の阿呆は篠山の旦那じゃなくて、自分が祝いを受け取りたいのさ」
言い置いて玉露は席を立ってしまった。
取り残された紅花はまだ首を捻ったままである。
「要するに」の一言で要約どころか中略されてしまった経緯について考える。
つまりはこういうことであった。
作家の篠山一新はこの程、発表した作品が賞を受けるに至った。
これを手掛けたのは編集業を生業とする猪田である。
つまり、篠山の幸徳は猪田の功績でもあり、篠山の出世は猪田の出世でもある。
よって、敢えて自ら伝えるのではなく、第三者のトキワを介すことで、玉露から篠山への祝いだけでなく猪田自身も祝われようとの魂胆だ。
別段、今夜直接に猪田が玉露に賞の件を伝えたとて、玉露は充分に猪田を褒めそやしたであろうし、後日、二人分の祝いの品を用意するくらいしたのであろうが、
何しろ玉露の客はごまんといて、上客の猪田とて毎週毎週席が取れるというわけでもないから、待ちきれなかったのであろう。
いや、単に篠山より先に玉露から贈り物を受け取ると言う喜びを味わいたかったのかもしれぬ。
ささやかな嫉妬と競争心だ。
べた惚れを称しながらも他の客を玉露に紹介する妙な男心を持つ猪田らしいと言えばらしい。
しばし思い悩んだ紅花であったが、結局そうした複雑な男の思惑には考え至らぬうちに放り出した。
それよりも玉露の風呂上がりの準備をせねばならない。
トキワからの思いがけない贈り物でついつい遊び惚けてしまったから、これからのちは抜け目なく働かねばならぬ。
そう考えてふと、紅花はちょっとだけ猪田の気持ちがわかる気がした。
誰かから何かを受け取るのは嬉しいものだ。
それが好意を寄せる相手からの贈り物なら尚のこと。
理屈は不明だがトキワを使って猪田が玉露からお祝いをされたいと願ったのだとしたら、それが多少回りくどい策を労した物であったとしても、いじらしいことのような気がした。
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