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紅花の胸中にもどかしさが込み上げる。
どかどかと二人の間に割って入って、今しがたあったことを玉露に伝えたい衝動に駆られた。
客の存在を煩わしく思う。
知らず、一歩を踏み出しかかった時、はたと我に返って袂の中の手を握りしめた。
かしゃりと乾いた感触で懐紙の結び目の先が潰され、硬い金子の感触が伝わる。
ひんやりとした温度さえ、感じられそうに思えた。
鍛えが足りぬ。そう指摘された声を思い出し、紅花は袂から扇を取ると、静かに舞を再開する。
引き結んだ唇の内側で、三味の弦を掻き鳴らすバチの動きを舌で真似た。
挨拶もなく鳳ノ介が退席したことに、気を悪くするふうもなく、また気遣う様子もなく、猪田はようやっと独り占めにできた玉露にちょっかいをかけている。
初心な小娘のように玉露はキャッキャとはしゃいで見せて、抱きついて来ようとする腕を右に避け、左に避け、懐に忍ぼうとする手を押し戻し、かと思えば迫る手をぎゅっと握ったりなんぞして、思わせぶりに戯れる。
そうして散々焦らした挙句に、ふいとそっぽを向いてしまうと、訝しがる猪田の前に風呂敷包みを突き出した。
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