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「これ、あたしからあんたに。受け取っておくれだね?」
返事を聞かずに包みを膝の上に置くと、いそいそと風呂敷をほどいて広げた。
現れたのは小箱である。
熨斗に祝いの文字があった。
待ってましたとばかりに猪田が目を輝かす。
普段、玉露が客に物を贈ることはない。
彼はもっぱら受け取る側なのである。
客の側も贈り物をして玉露を喜ばせようとすることこそあれ、贈り物をしてもらって喜ぼうとは考えない。
妓楼での遊びを知る者なら、誰しもそうであろう。
物で釣られるような愚昧な客は、そもそも玉露のお呼びでなかった。
しかしそうなると、そういう相手だからこそ、何かしら贈られたい気になるのも人の情。
もしもそんなことが起きたなら、自分だけは特別だという証を得たと感じ入られるのではないか、と野暮な想像を巡らせる。
まさに猪田の行動はそれなのだった。
自らお膳立てしたのでは台無しの感が否めないが、そこはそれ、無類の図太さを誇る神経の男であるから、気にならないのであろう。
喜び勇んで箱に手をかけた猪田は、無邪気にも両手で持ち上げ、熨斗紙に頬ずりをした。
中身がなんであるかより、受け取れたことが嬉しくてならないらしい。
自ら根回ししたとはいえ、本当に思惑通りに玉露がしてくれるものとは、本気で信じてはいなかったのかもしれない。
何しろ相手は百戦錬磨の熟練陰間である。
客は金子を払って遊んでいるようで、実は遊んでもらっているようなものだ。
あんまり子供じみたはしゃぎように、さしもの玉露も相好を崩し、
「まったく、あんたって人は」と、まんざらでもない様子で肩口を小突いた。
その手を意外な俊敏さで猪田が奪い取り、抱き寄せて口づけを迫る。
ついと顎を高くして応えると見せかけた玉露は、しかしギリギリのところで手の平を差し入れ、お預けを食らわせた。
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