四幕の三・烈火

6/13
前へ
/602ページ
次へ
鼻の下の完全に伸びきっただらしない表情で、猪田は照れ臭そうに笑う。 そうしたやりとりを、紅花はいつ下がったものかと気配を読みつつ、しずしずと舞い続けながら眺めていた。 中を見た猪田がどう反応するのかにも興味がある。 果たして、猪田は贈り物の蓋をあけた。 中に納まっていたのは、最前、紅花が聞いていた通りに襟巻である。 しかし猪田はすぐにはそうとわからなかったらしい。 やや不思議そうな顔になる。 一見してそれは布だった。 平たい箱に収まった、やわらかそうな布である。 色は黒にも近い深い緑色をしていた。 縦に濃い赤と薄墨色の市松模様が描かれているのが小粋である。 光沢のある表面は、玉露の選ぶに相応しい上等の品であることを窺わせた。 が、なんとはなく、あったかそうな代物である。 手を差し入れると、そこだけ毛布にくるまれたかの温もりが感じられた。 持ち上げると、布はぱらりと伸びてゆく。 「襟……巻き……?」 坊ちゃん育ちの猪田は贅沢品に馴染みがある。 手に取って広げてみれば、それが一級のカシミアヤギの毛織物であることが察せられた。 大変やわらかく、非常に軽く、真綿のような心地よさでありながら、絹のように滑らかでもある。 そして、実に暖かかった。 何しろ気のいい男のことであるから、時節外れの贈り物に気分を害したりはしない。 しないけれども、すぐには喜べなかった。 どんなものが貰えるのか、玉露であればトキワを差し向けた意図を察することは間違いない。 しかして思惑通りになってくれるとは限らない。 そうそう易い彼ではないのである。 けれどもたまには甘やかしたりしてくれることもあるかもしれない。 だとしたら、どんなものをくれるだろうか。 あーでもない、こーでもない……。 と、期待に胸を躍らせた猪田の想像した数々の品の中には、ネクタイピンやら帽子やらといった服飾品が多く含まれていたのは事実である。 惜しいところではネッカチーフなぞもないではなかった。 しかしながら、防寒具は想像の外であった。
/602ページ

最初のコメントを投稿しよう!

212人が本棚に入れています
本棚に追加