四幕の三・烈火

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対する玉露は、腰を跨る男に組み伏せられていながらも、冴え冴えと笑みを浮かべていた。 夏の暑さも猪田の燃え滾る思いも、まるで通じていないかの表情だ。 「そこまで言っちゃいないがね」 朱に染まった唇が煽り文句を口にする。 「愛想が尽きたんでないなら何なんです? 移り気を起こしたと言いたい訳で?」 「移り気? ハンッ、馬鹿をお言いでないよ。元よりあんたなんざ数多居る客の一人じゃないさ。移る気なんざ初めっからありやしないね」 「よくもまあ――」 そこまで言って猪田は絶句し、形相を歪めたかと思うと、大きく右手を振り上げた。 風を切って打ち下ろす……かと思われた紅花が身を翻すより早く、ぱたんとその手が落とされた。 「……玉露さん、さすがにこれは芝居じみてますよ。僕もその気になれません」 次いで漏らされた呟きに、紅花は唖然とする。 「なんだい、付き合いが悪いねぇ。ま、あんたにしちゃ及第点かね。大根役者くらいにはなれんじゃないかい」 つまりは全部、猪田と玉露の三文芝居のお遊戯会だったのである。 いったいどこからそうだったのであろう? 人知れず首を傾げる紅花の覗き見る先で、猪田は唐突に玉露の首に齧りついた。 「ヒッ」 突然のことに、玉露の喉が短い悲鳴を発する。 猪田は構わず、音を立てて強く首筋を吸い上げた。 玉露の体が大きく弓なる。 それを狙いすましたかの如く、猪田の片手が玉露の腰の下に潜り込み、もう一方の手が結びを解くの殆ど同時に、帯を背中側から緩めた。 それを更に前から引き抜く。 殆ど剥ぎ取るに近い粗野な仕草であった。 とてもあの猪田の所業と思えない。 帯を解かれた玉露の着物は前の合せが緩くはだけ、ふくよかな女の膨らみを持たない硬質な胸の素肌が灯火の揺らぐ明かりに照らされた。 猪田は跨いだ膝で蹴散らすようにして、更に玉露の全てを露わにする。 そうして玉露の肩を抱き寄せ、性急に袖から腕を抜かせながら、覆いかぶさって肌を吸った。 噛みついているにも等しい荒々しさである。 実際、痛みを伴うのか、猪田が顔を浮かせては玉露の胸に埋める度、玉露の口から短い悲鳴とも喘ぎともとれぬ声が迸った。
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