四幕の四・

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そういう、遊びを重々弁えているはずの猪田が昨夜は悋気を燃やしたのである。 そう、あれは全くの嫉妬であった。 男女の機微に疎い紅花にもさすがに分かる。 お芝居ごっことオチをつけてはいたが、猪田はめらめらと燃え上がった嫉妬心に逆上した。 煽ったのは玉露である。 娼妓が他の男の存在を匂わして煽動するなど、いささか三流じみている。 どうしてあんなことを、と思わなくもない。 退屈していたのだろうか。 ふと、紅花はそんなふうに考えてみた。 素人陰間とは言え夜毎客の絶えない人気の玉露である。 男を手玉に取ってのお手玉遊び、たまには蕎麦殻ではなく火薬の入ったおじゃみも悪くないと、そんな気紛れを起こしたとて不思議はない。 うっかり落として大爆発したところで、玉露は一人、ひらりと火の粉を躱してせせら笑っていそうな肝の据わりぶりだ。 しかし、だとすれば、手玉にされる男どもは堪ったものではない。 あの猪田ですら乱心じみた様子を晒してしまうのだから、遊び慣れない占部(うらべ)やら篠山(ささやま)やらの旦那連中はどれほど深みに嵌っていることか。 実に因果な商売である。 というより、玉露が因果な男である。 と、まあそんな取り留めもないことを考えていた。 いつだったか「(あに)さんは誰がほんとは好きなのか」というような話をしたことを思い出す。 誰にも本気になんぞなるはずないだろうと玉露は(わら)った。 きっとそれは真実なのだろう。 彼にとって誰も彼も玩具に過ぎぬ。 面白がって、愉しんで、ただそれだけ。 色を売る仕事をああも楽しんでいるのだから、娼妓は彼の天職と言えよう。 因果なものだ。 因果、の意味は知らないけれど、なんとなくそう言うのが似合う気がして、紅花は口の中で繰り返した。 ちっとも正しい使い方ではなかったが、誰も聞いていないので教えられることもない。 昼下がり、蒸し暑いばかりの二階に客入りはなく、小遣い稼ぎにくる陰間もどき共もおらず、 紅花も少々寝不足なことも手伝ってさすがに元気をなくして、廊下に並んだ灯のついていない灯篭をいい加減にハタキで叩いているばかりである。 玉露に見つかれば叱られるどころでないが、今頃は文机に突っ伏してグウスカしている。 ……はずだった。
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