四幕の五・

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幸い、紅花は程なくして目覚め、怪我も大したことがなかったため、 散々玉露は文句を言って、挙句に伸びていた時の紅花の格好の酷さを大笑いした後、 「あんたなんぞの為に穴あけらんないからねぇ。  ったく、今更一人で着付けなんて面倒くさいったら。後で散々しばいてやるから覚えときな」 と、口汚い捨て台詞を置き土産にして帰って行った。 紅花は数日、安静にするためと様子を見るため、病院に留め置かれることとなった。 その(かん)、幾人もの人が病室を訪れた。 探偵らしく得意の早耳で聞きつけたのだろうトキワに、探偵でもないのにやはり早耳の猪田(いのだ)がやって来て、 しかも猪田は今やお抱え作家となった篠山(ささやま)一新(いっしん)を伴っていた。 連れて来る必要など一つもないのであるが。 猪田も篠山も玉露の客であって、その小僧の見舞いまでする謂われはない。 無いにも関わらずやって来た。 同じく、玉露が入院した訳でもないのに、占部(うらべ)粋正(きよまさ)からも見舞いの花が届けられた。 大哥(おおあに)(おおとり)(すけ)からは立派な果物の籠が。 どちらも当人こそ訪れなかったが、言いつけられた家人なり付き人なりがやって来て品を置いて行った。 他にも、こまごまと菓子などが届き、熨斗紙に書かれた名を見ても、紅花には誰が誰やらさっぱりわからなかったりもした。 みな、玉露の客であろう。 数日の間に無機質なはずの病室がすっかり賑やかな風景になって、紅花は心底驚いた。 こんなにも多くの人に自身は気にかけて貰えている、愛されているのだ、 などと、のぼせ上がる程、紅花は愚かしくはない。 すべては玉露の徳である。 そのおこぼれに頂戴したに過ぎない。 それは重々承知していた。 その上で、やはり少なからず嬉しかった。 家族がそばに居た頃よりずっと。 気にかけられ、心配され、思いやられ、安心できる。 幼い頃は熱を出そうが怪我をしようが、気にされるのは一瞬だった。 他の兄弟姉妹がいるから、畑を耕さねばならぬから、具合の悪い一人にかかずらっている場合ではない。 多少の手当だけしてすぐに見放され、放置される。 それが当たり前だった。 酷く心細かった。 今はそんなことはない。 それが、嬉しくもあり、有り難くもあり、それと同じくらいに心苦しかった。 打ち付けた頭より、ずっとずっと胸が痛い。
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