212人が本棚に入れています
本棚に追加
車と聞いたのでてっきり人力を想像していた紅花であったが、待っていたのは二頭立ての立派な馬車であった。
いつだったか占部と祭りに出向くという妙な出来事があったのを思い出す。
「頭打った子をあんまり揺らすもんじゃないってさ、過保護だよねえ」
聞かせるともなく言って、花屋の女主人は肩を揺らした。
その小馬鹿にした様子でありながら後腐れない口ぶりは玉露と少し似ている。
先に乗り込んだ彼女が伸べてくれた手を借りて、紅花も馬車に乗り込む。
布張りの椅子は占部と乗ったのに負けず劣らずの豪華さであった。
「折角だから何処か寄るかい? 快気祝いに何か買ってあげようか。遠慮することないよ、後で請求しとくから。菓子がいいかね、玩具がいいかね。それとも本か錦絵が好きかい。
ああ、でもさんざ貰ったか。だったら芝居小屋でも寄ってくってのはどうかしらね。滅多にゃ出掛けらんないんだろ? それとも呉服屋を覗いてみるかね。さすがに着物は買ってやれないけど、怒られそうだしねえ、けど小さい簪か手巾くらいなら構わないよ」
独り身らしい女店主は稀な子供の相手が楽しいらしい。
それとも単に面倒見がいいのか。
紅花の返事を待たずに、次々と楽し気な提案をする。
なんとも快活で気持ちのいい人柄であった。
親切だが、親切心に拘りがない。
あれからそれへと思いつくまま思いやり、過度の期待や裏がないのが感じ取れる。
もしもそうでなかったら、人見知りでこそないけれどこのように他人のご厄介になることに慣れていない紅花は、
折角の親切を無下にしては失礼にあたると、気負って逆に居心地を悪く感じたであろう。
そう思わせる重み、親切や優しさに含まれるある種の重圧が、彼女の言葉にはなかった。
良くも悪くもあるのだろうが、この場合には丁度良かった。
最初のコメントを投稿しよう!