四幕の五・

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燦々と惜しみなく降り注ぐ陽光に似ている。 サラサラとどこまでも流れゆく小川のせせらぎに似ている。 パッと咲いて人を喜ばせる、ただそれだけの花束に似ている。 紅花は捲し立てられる早口に目を回しつつも、小さく(かぶり)を左右した。 にっこりと女は笑う。 「(ねえ)さんに早く会いたいかい」 彼女の言う「姐さん」は、紅花にとっての哥さん、つまり玉露のことである。 こくり、と今度は首を縦にした。 しばらく風呂に入れなかった為、幾分油っぽくなった禿髪(かむろがみ)を、女は優しい手つきで撫でる。 「そりゃあ、そうだねえ。うんうん、真っ直ぐ帰ろうか。誰だって早く(うち)には帰りたいもんだよね」 (うち)。 という言葉が、彼女はまったく何の気なしにそう言ったのであろうけれど、紅花の胸にスッと沁み込んだ。 急に喉が塞がって、熱いものが目頭に滲む。 何がそうさせるのか、紅花にはわからなかった。 ただとても嬉しい気がした。 「おやまぁ、里心がついちまったかね。すぐに着くから、泣かないでおくれよ。苛めてるみたいじゃない」 いつか玉露の言ったような台詞を口にして、女は緑と花の匂いの染みついた胸に小さな頭を抱き寄せた。
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