五幕の一・色打掛

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五幕の一・色打掛

つい先頃迄みぃみぃジィジィと喧しかった蝉の声が、 ツクツクホウシに変わったかと思うと、 一雨ごとに暑さ和らぎ秋風が薫り始める。 秋と言えば紅葉狩り。 しかして実際、紅葉が真っ赤に染め燃ゆるのは、存外寒くなってからのことで、 今はまだ黄葉(こうよう)がちらほら、殆どが緑で、赤く色づいたのは僅かばかりである。 けれども待ちきれない観光客らはこれを五色の絢ともてなして、 早くも行楽に繰り出している。 ここ、寺川町(てらかわちょう)も山に寺にせせらぎにと、 紅葉の似合う情緒に事欠かぬ土地であるから、一年に一番の賑わいぶりであった。 掻き入れ時に甘味処としての『梅に鶯』も商売繁盛、 売りは屋号にかけた梅饅頭であるが、栗羊かんだのみたらし団子だの、 店主の親父は素人菓子司のくせに手広くやって、浮かれ心地の観光客らの舌を喜ばせている。 二階の陰間茶屋の方も、閑散とした夏場と違って、幾らか出入りが増えていた。 無論、玉露の席は一晩とて客の絶えたためしはないから、 暑さを嫌って絶えていた不真面目な通い者どもが戻ってき、その内の多少なり商売っ気のあるまともなのが客を引き入れるので出入りが増えた。 と、そういう具合である。 使われる布団が増えた分、紅花(べにばな)の仕事の量も増え、 (しばら)く前に打った頭もたんこぶ一つで事は済み、 少年は日々、まめまめしく立ち働きつつ、陰間修行に臨んでいる。 本日の課題は(うたい)であった。
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