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「抑揚ってものがないんだよねぇ」
諦め半分、呆れ半分のおざなりな声で玉露が批判を口にする。
面倒くさげに薄目を開いて、項垂れている紅花を見やった。
「子守歌じゃないんだからさ」
言いながら玉露は溜め息を吐く。
よほど見所がないものか、叱る気力も失せたらしい。
「五月蠅いよりはマシだけどね、声も悪かない。けどねぇ、聴いてらんないと言うか、聴く程もないと言うか、右から左へ通り抜けてくだけなんだよねぇ」
酷評である。
紅花はいよいよ萎れて哀れなものだ。
青菜に塩の喩はこういう姿にこそ用いるのであろう。
玉露はそれをチラと見やって「もういいよ」と投げやりに告げると、腰をさすって立ち上がった。
和箪笥へ寄る。
見込みの薄い弟子の指導はうっちゃって今宵の衣装選びを始めたもののようだ。
尤も、何を着るかは既に決まっているようで、玉露の手は迷いない。
すうっと、浅い抽斗のひとつを手前に引き開け、横に長く厚みの薄い紙の包みを取り出した。
着物を包むたとう紙である。
ほのかに樟脳の香が立つ。
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