五幕の一・色打掛

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抱えていた三味をわきに退()け、少年が興味津々の(てい)でにじり寄るのを、 玉露もまた特に咎めはしなかった。 艶々(つやつや)と磨かれた爪の光る指先が結わえられた紐を解く。 こういう時、紅花はその手つきの美しさに感心した。 玉露の右手は指三本でちょんと紐の一端を摘まみ、小指は僅かに立っている。 もう一方の手はやんわりと、指先を揃えて紐の付け根に添えられている。 そうして紐を引く仕草は、しっとりとしてそこはかとない色気を感じさせた。 ついさっきまで面倒くさげに紅花の謡を訊きながら股座(またぐら)搔いていた手と同じと思えない。 不思議なものである。 折りたたまれた厚手の和紙を一枚一枚、丁寧に剥ぐように開いてゆく、 女のように白く、けれど女のそれとは違う輪郭を持つ手を熱心に眺めていた紅花は、 しかしすっかり包みが解かれると、中の着物に目を奪われた。 その様子を横目に見た玉露が、ふっと口元を笑ませる。 「あんたもちったあ物の良し悪しが分かって来たようだねえ」 どこか自慢げにそう言うと、玉露はきっちりと長方形に折りたたまれていた着物に腕を挿し、 持ち上げると同時に腰もあげ、予め立ててあった長い竿の衣文掛(えもんか)けに着物を広げた。 その動きは流れるようで、いつの間に竿に袖を通し、裾を整えしたものか、 紅花にしてみれば気づいた時にはもう着物はそこに飾られていた、といった具合である。 けれど、そうした玉露の所作から少しでも多くを学ぼうとする勤勉さは、この時すっかり紅花から失われていた。 玉露もそれを叱りはしない。 良いものを見て目を奪われるのは、悪いことではないからだ。 彼が広げてみせたのは、実に見事な色打掛(いろうちかけ)であった。
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