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抱えていた三味をわきに退け、少年が興味津々の体でにじり寄るのを、
玉露もまた特に咎めはしなかった。
艶々と磨かれた爪の光る指先が結わえられた紐を解く。
こういう時、紅花はその手つきの美しさに感心した。
玉露の右手は指三本でちょんと紐の一端を摘まみ、小指は僅かに立っている。
もう一方の手はやんわりと、指先を揃えて紐の付け根に添えられている。
そうして紐を引く仕草は、しっとりとしてそこはかとない色気を感じさせた。
ついさっきまで面倒くさげに紅花の謡を訊きながら股座搔いていた手と同じと思えない。
不思議なものである。
折りたたまれた厚手の和紙を一枚一枚、丁寧に剥ぐように開いてゆく、
女のように白く、けれど女のそれとは違う輪郭を持つ手を熱心に眺めていた紅花は、
しかしすっかり包みが解かれると、中の着物に目を奪われた。
その様子を横目に見た玉露が、ふっと口元を笑ませる。
「あんたもちったあ物の良し悪しが分かって来たようだねえ」
どこか自慢げにそう言うと、玉露はきっちりと長方形に折りたたまれていた着物に腕を挿し、
持ち上げると同時に腰もあげ、予め立ててあった長い竿の衣文掛けに着物を広げた。
その動きは流れるようで、いつの間に竿に袖を通し、裾を整えしたものか、
紅花にしてみれば気づいた時にはもう着物はそこに飾られていた、といった具合である。
けれど、そうした玉露の所作から少しでも多くを学ぼうとする勤勉さは、この時すっかり紅花から失われていた。
玉露もそれを叱りはしない。
良いものを見て目を奪われるのは、悪いことではないからだ。
彼が広げてみせたのは、実に見事な色打掛であった。
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