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否、美しいものならば他に幾らもある。
豪華さも然り。
上等さも然り。
何が違うと問われれば、紅花には判然としない。
しないけれども、格が違うという気がする。
「哥さん、これは」
「今夜の衣装さね」
半ば呆然とするほど魅入られながら問いかけた紅花に、玉露は知れたことを返す。
紅花はもどかしいような気になって彼を睨みつけたく思ったが、あまりに見事な色打掛から目が離せない。
そろそろと無意識のうちに手を伸ばした。
「触ってもいいけど汚すんじゃないよ」
横合いから玉露が釘を刺す。
厳しい声ではなかったけれども、紅花は思わずびくりとして、伸ばしかけた手を止めた。
そこでようやく着物から目を離し、代わりに自身の両手に移す。
しげしげと眺め下ろした。
白い手である。
玉露のそれと変わらぬほどに白い。
苦労知らずの皮膚の薄い手だ。
だが実際には掃除も水仕事もする。
炊事はしないが、多少の皿洗いや洗濯の手伝いはするし、風呂掃除をすることもある。
だからと言ってあかぎれやささくれはない。
玉露が許さないからだ。
見習いとは言え陰間である以上、体は商売道具、頭の天辺から足のつま先まで手入れは行き届いておらねばならぬ。
先程、玉露が紅花の謡の稽古を打ち切ったのだって、むやみな練習を繰り返して喉を潰してしまわぬようにとの配慮やもしれぬ。
けれどもそれは、人に対する思い遣りとは少し違う。
商品を損なわぬ為の気遣いだ。
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