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五幕の二・やくざな男
しばらく前までひっきりなしの蝉時雨の充満し、
燦々と降り注ぐ陽に暑苦しいばかりだった坪庭で、
今は楓が涼し気にそよと揺れ、千両万両がぷくぷくと実を結んでいる。
やがていずれもが真っ赤に染まることであろう。
ルリルリと声高に歌う渡り鳥がどこからともなく訪れるのを横目に、
紅花は廊下を過ぎる。
玉露は二階の私室で昼寝である。
寝ている相手のすぐ横で唄の練習をするわけにもゆかず、
かと言って稽古の成果がはかばかしくないのに遊んでいるのも気が引けて、
紅花は甘味処の手伝いでもしようと降りてきたのであった。
廊下と店との境に垂れ下がる暖簾にも、紅葉の柄が散っている。
それをちょいともたげながら、上がり框を降りようとした紅花は、
「ひえっ」
と微かな悲鳴をあげて、すぐさま下ろしかけた足も首をも引っ込めた。
目の前を店主の親父が走り過ぎて行ったのである。
ガシャン、と何かが落ちて毀れるような物音もした。
紅花はおっかなびっくり暖簾の隙間を広げて店を覗く。
気の早い紅葉狩りに浮足立った行楽客で甘味処は満員御礼――
ではあるが、とても愉快な雰囲気ではなかった。
埋まった席の間を行ったり来たりと忙しく給仕していたであろう店主の女房は立ち尽くし、
足元に真っ二つに割れた皿と団子とタレと、それらを載せていたのだろう盆とが散乱している。
熱い煎茶が床に吸われ、名残りの湯気を上げる磁器の湯呑がころころと地べたを転がっていた。
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