五幕の二・やくざな男

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潮を囲む男らのうち誰の発した声か、 離れて覗き見る紅花にはすぐにはわからなかったけれども、 肩で風を切る偉そうな歩き方で前に出てきた男があったので、恐らくその男なのだろう。 野太い声の割に小柄な痩せ男であったが、顎やら目つきやらのいちいち尖った、嫌な感じのする男であった。 よもや、どこぞで喧嘩した末、負けて路地裏にでも伸びていた潮を、 ご親切に送り届けてくれたようには、どう見ても見えぬ男らである。 案の定と言うべきか、 「おう、おう、コイツのおっ(とう)(かか)ぁは、そこのお(めぇ)らで間違いねぇなあ。  二親(ふたおや)揃っていい店、商ってんじゃねぇか。客入りも悪かねぇ。さぞ儲かってんだろうなあ? ああ?   そんなら落とし前つけて貰おうじゃねぇか」 と、大仰な仕草で店を見回した男は居丈高に告げた。 貧相な顔、体で芝居がかった口上は、傍目に滑稽でお笑い種である。 が、ちっとも笑える雰囲気ではない。 「お、落とし前ってなぁ、い、一体、何の話だい。あ、あんたがた――」 「うるっせなあ‼」 「ヒッ」 店主の威厳か父親の矜持か、なんとか負けじと言い返そうとした親父であったが、 震え声なうえに言葉も逐一つっかえた挙句、全てを言い終わらぬうちに恫喝されて縮み上がってしまった。 みっともなくて情けない。 だが致し方あるまい。 陰間茶屋などとやくざな商売を甘味処の裏でしていようとも、 別段、親父は斬った張ったで裏街道をゆく(すじ)モノという訳ではない。 少々金に汚く、幾らか法を犯していて、 (たま)には客同士の揉め事や何かの間に割って入る程度の気概はないくもないけれども、 基本的には素人芸で茶菓子など作っているばかりのただの(じじ)いなのである。 ましてや、日頃から店の金を持ち出しては酒に賭け事にと明け暮れる己が倅を制しきれもしないのに、 その潮をボコボコにして連れて来たような輩どもの相手が務まろうはずもない。 一旦は対等に渡り合おうとしてみただけでも偉いものだ。
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