五幕の二・やくざな男

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客らに至っては、 あわよくばこの状況から逃げ出そうと腰を浮かせている者はあれども、 立ち向かおうとか仲裁を買って出ようとかいう者の姿はない。 みな一様に、火の粉が降りかからぬよう気配を殺して、予期せぬ難が通り過ぎるのを待つばかりだ。 それはそうである。 たまたま入った店先でこんなこと、迷惑千万と腹を立てることはあっても助力してやる義理はない。 こんな時に限って、店内を埋める客はどれも一見さんの観光客ばかり。 紅花の見知った面々は一人としていなかった。 尤も、猪田(いのだ)篠山(ささやま)が居たところで役には立たぬであろう。 将校たる占部(うらべ)が居てくれたら百人力であったかもしれぬが、そもそも彼はこのように庶民的な甘味処でお茶を啜るような身分にない。 それ以前に、紅花の知る人と言えばいずれも玉露の客であり、 団子を食いに寄っただけの観光客と同じくらい、彼らに潮を助けてやる義理はないのだった。 それは紅花自身とて同じこと。 正直を言えば、いい気味だと感じすらした。 日頃の行いの結果である。 潮なんぞ好きなだけ痛い目を見ればいいのである。 しかし事が店主、女房にまで及んでは、心配する気持ちもある。 『落とし前』とは一体どんなことを指すのであろう。 まさか息子同様、ボコボコに伸しに来た、というわけではなかろうが。 やくざな連中の考えることなど、紅花には想像も及ばない。
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