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「ば、馬鹿にしてんじゃねぇやい!」
濁声が息巻いたが、もはや負け犬の遠吠えに聞こえる。
わざとらしくちらつかされた刃物に怖じることもなく、玉露はひとしきり笑いを響かせた。
だがその目は少しも笑っていない。
ふと、そのことに気づき、紅花はスッと背筋が冷えた。
玉露の目には得体の知れぬ剣呑な光が宿っている。
流麗で切れ長の双眸に今は紅や紫といった化粧はされていない。
すっぴんの玉露はどちらかと言えば線の細い、地味な顔立ちをしている。
にも拘らず、今の玉露からは一種の華やかさが感じられた。
それは刺々しく、陰惨な印象の華美さである。
不意に見せる鳳ノ介の美しくも怜悧な眼差しに、どこか通ずる美麗さであった。
怒っているのだ。
と、紅花は直感的に悟った。
玉露は何に対してか酷く怒りを覚えている。
それゆえに荒み、逆巻く嵐を瞳に宿して、男らを射竦めているのである。
怒鳴ったり喚いたり、当たり散らすような怒り方とは次元が違う程、彼は何かしらに怒り心頭しているのだ。
そう思って見てみれば、玉露の瞳ばかりでなく、そちこちに怒りが現れているのがわかる。
ひとしきり笑い終えた唇は、注視せねばわからぬ程度とはいえ僅かにわなないていたし、
大仰な仕草に飽いたらしい両手は関節が白く浮く程握りしめられていた。
思えば、顔色も紙の如くに白い。
憤怒の形相は朱色が相場であるけれど、怒髪天を衝き過ぎて突き抜けてしまえばむしろ氷の如く冷厳とするのやもしれぬ。
無理からぬ。
玉露の陰間としての誇り高さは並々ならぬものがある。
それが昼日中、客でもない男どもに文字通り土足で部屋へと乗り込まれ、
化粧もしていない着崩れた襦袢姿を暴かれたとあっては、怒りを覚えぬはずがない。
その上、男どものあの言い草。
嘗めた態度で脅しに掛かろうなどと、売られた喧嘩を買わぬ道理がなかった。
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