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しかしいくらなんでも相手が悪い。
筋モノに喧嘩など売って無事で済む道理もまた、ないのであった。
そう気づいた途端、紅花はにわかに戦慄を覚える。
先刻も玉露の身を案じはしたし、男らのひしめく部屋の異様な雰囲気やギラつく刃物に怖じはしていたが、
それよりもっと深刻に、目前の危機としての恐怖だった。
このまま怒りに任せて玉露が男どもを煽れば、本当に刃傷沙汰になりかねない。
「駄目ですッ」
考えるより先、体が動いて、紅花は今度こそ声を発すなり部屋の中へと飛び込んだ。
どうやって男らを搔き分けたかも定かでない。
飛び込んできた少年の姿に、玉露の方が驚いた。
「あんた、居たのかい」
目を丸くした彼の双眸から、スッと何かが消え落ちる。
皮肉っぽいいつもの表情が戻った。
呆れたような馬鹿にしたような苦笑いを刻んで、玉露は転がり込むようにして膝をつき合わせた紅花を見やる。
「馬鹿だねえ、こういう時は隠れるか逃げるかしときゃいいのに。あんた、夏虫だったらとっくに焼け死んでるよ」
広く薄い掌で、とんと背中を叩いた。
その手が触れて、自身の心臓が酷く早鐘を打っていることに紅花は気づく。
何かしら詰られたのだろう言葉の意味は今一つわからなかったが、言及する気にはならなかった。
「なんだかまるで両手に花だねぇ。ちっとも嬉しかないけどさ」
そう言って玉露は肩をすくめる。
彼の一方の腕の中には紅花がおり、逆側には、抱えてやりたくもない潮が縋り付いているのだった。
対峙する男らは、もはや気勢を削がれて木偶の棒の群れと化している。
馬鹿馬鹿しいような沈黙があった。
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