五幕の二・やくざな男

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「それで、借金がなんだって?」 はぁぁ、と大仰な溜め息をひとつ。 投げ遣りな眼差しを送って、玉露が水を差し向ける。 紅花は事が荒立たずに済みそうなことにホッとする反面、不満を覚えてその顔を見上げた。 そこで情けなくなっている潮を突き出してやればしまいではないか。 そう思う。 玉露が構うことなどないのである。 輩どもの味方をするわけではないけれど、自分で蒔いた種なのだ、自分で落とし前をつければいい。 それが無理なら親に縋ればいいではないか。 どうせ日頃から迷惑を掛けっぱなしの両親なのだ、今更遠慮もなかろうに。 玉露を巻き込むなどお門違いも程がある。 けれど、玉露の考えはどうも違っているらしかった。 紅花には読み取れない。 ただ、ここで潮を突き放す気がないのはわかる。 折角水を差し向けられたというのに、男どもはまごついてすぐには返事を寄越さなかった。 段取り、というのかどうかは分からないが、彼らには彼らの予定調和のようなものがあるのであろう。 締め上げ、脅し、屈服させる。 とまあ、どうせそんな具合の俗悪なものには違いなかろうが、 それらの通常想定されている流れと違った現状に、どう対処したものか困惑しているようである。 「金返しゃいいのかい」 仕方なしに、玉露が重ねて問うた。 「ああ」とか「まあ」とか、勢いの欠いたこもったような声が返る。 「余分な蓄えなんざありゃしないんだけどねぇ」 いかにも面倒くさそうに、玉露は溜め息交じりに言う。 だからと言って払う気がないふうでもなかった。 実際、玉露は金子を持っていないわけではないはずである。 稼ぎの多くは店主の親父がせしめてしまうとはいえ、昔の妓楼じゃあるまいし、揚げ代のすべてが掻っ攫われるわけでもない。 幾らかは玉露自身の懐に入っている。 しかも使い道は限られていた。 着物や飾り物を始め、身の回りの品などは殆ど客からの贈り物である。 食事の面倒は店が見てくれているし、 出費と言えばせいぜい身づくろいに必要な化粧道具や鬢屋代、客へのちょっとした返礼品や俥代ぐらいだろう。 ただ、紅花は玉露の部屋で金子らしい金子を見た覚えがない。 使いの際の巾着なども親父か女房から受け取るのが常である。 客やら通いの陰間もどきやらの出入りする二階に、金子を置いてはいないのだろう。 仮にあったとしても化粧箱か何かに隠しているに違いない。 それをわざわざ衆人環視で取り出すことは、泥棒に入ってくれと言うようなものだ。
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