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「別の日に届けさせるってわけにゃ、いかないのかい」
玉露が尋ねたが男どもは首を縦に振らない。
後日改めて、などと約束が果たされるとは思えないのだろう。
「まあ、そりゃあそうだよねぇ」
と、玉露も別に張り合うことなく、頷いてみせる。
「う~ん」と悩ましそうに細く唸った。
玉露としては、今ここで金の在り処を明かすわけにもいかず、
かと言って親父に言って金を持って来させれば、
そもそも潮のこさえた借金である、親父もいくら守銭奴といえ息子の借金の肩代わりを自分の店の娼妓にかぶせる真似はできないだろう。
結局、親父が払うことになる。
それが当然の筋だしそれでいいではないかと、紅花なんぞは思うのであるが、
玉露は違っているらしく、その為に彼は考えあぐねているらしかった。
そのことは、紅花には伝わっていた。
対峙する男どもにも、詳細はともかくとして、彼が借金を肩代わりする前提で金策の何かしらについて考えを巡らせているのだろうことは、恐らく伝わっていた。
伝わっていなかったのは只一人。
生来、勘の悪いところがあるのか、当事者故の焦りからくる浅慮さゆえか、
潮は玉露のだんまりを、金を出し渋っているのだと勘違いしたらしい。
これまでただ無様に玉露に縋っていたのだから、せめてそのままおとなしくしていればいいものを、
突然、身を乗り出してこう言い放った。
「あ、あれをっ、あれを売ったらいいだろ。見るからに高そうじゃねぇか。あれなら借金返してお釣りが来るってもんだ。なっ、なっ?」
潮は痣だらけになった腕を伸ばして部屋の一点を指さしていた。
まるで恋人か母親の膝に甘えてでもいるかのように、玉露の襦袢に皺を作りながら膝に半身を乗り上げて、である。
みっともない。
実にみっともない。
大体、日頃の威勢はどこへやったのか。
喧嘩上等の荒くれ者ぶって時に玉露を無理やり手籠めにしさえしていたというのに、このへたれぶり。
男どもに受けた暴行がよほど骨身にしみたのか。
存外、器用に立ち回って、これまで他人に暴力を振るわれたことなどなかったのやもしれぬ。
であればこそ、玉露や紅花相手に平然と手をあげることができたのだろう。
人の痛みを知らぬのだ。
今さらようやく思い知って、しかし反省もなく、性懲りもせずに、あまつさえ己が尻拭いを玉露にしてもらおうというのである。
溺れるものはなりふり構わぬ。
実にみすぼらしい。
だが、そんなことは問題ではなかった。
ギロリ、と玉露が潮を睨みつける。
一応のところは雇い主の倅である潮に対し、玉露がこうも鋭く睨めつけたことはこれまでなかっただろう。
途端、潮はしおしおと腕を落とした。
それでもなお、何かもの言いたげに口を開けたり閉じたりする。
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