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それからスッと真顔になり、玉露は「包んでやりな」と短く命じた。
紅花もまた、力ない笑みに緩めた唇を再び口惜しさにキュッと結び、反論を呑み込んでひとつ頷く。
玉露のそばを離れると、
そよ吹く秋風に湛えられた水の如く、光沢を波打たす絹に手を伸ばした。
無言で紅花が名残りを惜しみ、麗しい打掛を畳んでたとう紙に包む間、
玉露は潮を雑に押し退けると文机に向かう。
まだまごついている男らに、背中越しに声を投げた。
「あんたらの風体じゃ盗品と疑られて買い取っちゃ貰えないかもしれないからね、一筆添えてやるから感謝しな。
それと、適当な古着屋なんかに売るんじゃないよ。買い叩かれたら承知しないからね。
そうさね、寺谷通か七つ辻か、あの辺りの質屋なら目利きの親父が居るだろう。善い店で物に見合った値をつけさせることだよ」
言い終えると同時に男らに向き直ると、玉露は三つ折りにした書付を叩きつける。
紅花も、実際より重く感じる包みを男らの前に差し出した。
もはやその表情に怯えはない。
唇を堅く引き結び、睨み据えるようにしてじっと見上げている。
これ以上体裁が悪くなっては堪らないと、男どもはこれをしおに引き上げを決意した。
彼らには僅かばかりも釣り合わぬ豪華絢爛な打掛を手に。
酷い幕であった。
だが、どうあれあの場を支配したのは、低俗な悪人どもなどではなく、
恫喝も刃物もものともしない堂々たる姿勢の玉露であったことは、
紅花にとって誇らしかった。
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