五幕の二・やくざな男

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それからスッと真顔になり、玉露は「包んでやりな」と短く命じた。 紅花もまた、力ない笑みに緩めた唇を再び口惜しさにキュッと結び、反論を呑み込んでひとつ頷く。 玉露のそばを離れると、 そよ吹く秋風に湛えられた水の如く、光沢を波打たす絹に手を伸ばした。 無言で紅花が名残りを惜しみ、麗しい打掛を畳んでたとう紙に包む間、 玉露は潮を雑に押し退けると文机に向かう。 まだまごついている男らに、背中越しに声を投げた。 「あんたらの風体じゃ盗品と(うたぐ)られて買い取っちゃ貰えないかもしれないからね、一筆添えてやるから感謝しな。  それと、適当な古着屋なんかに売るんじゃないよ。買い叩かれたら承知しないからね。  そうさね、寺谷通(てらやどおり)か七つ辻か、あの辺りの質屋なら目利きの親父が居るだろう。()い店で物に見合った値をつけさせることだよ」 言い終えると同時に男らに向き直ると、玉露は三つ折りにした書付を叩きつける。 紅花も、実際より重く感じる包みを男らの前に差し出した。 もはやその表情に怯えはない。 唇を堅く引き結び、睨み据えるようにしてじっと見上げている。 これ以上体裁が悪くなっては堪らないと、男どもはこれをしおに引き上げを決意した。 彼らには僅かばかりも釣り合わぬ豪華絢爛な打掛を手に。 酷い幕であった。 だが、どうあれあの場を支配したのは、低俗な悪人どもなどではなく、 恫喝も刃物もものともしない堂々たる姿勢の玉露であったことは、 紅花にとって誇らしかった。
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