五幕の三・類なき花嫁

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どうにもしみったれた箱である。 ざらざらと手触りの荒い和紙の表に、幾つかのシミが浮かんでいる。 玉露の持ち物の多くは、彼に相応しいものをと客が選び抜いて贈った品であるから、 箱ひとつとっても中身に見合った高級そうな仕立てが普通である。 たかが扇子であろうと、物によっては桐箱に収められ、名工直筆と思しき証書まで添えられていたりもする。 それらの中にあって、シミの浮いた粗末な箱は異質である。 紅花は興味をそそられ、その箱を膝にあげた。 今はそんな場合ではなかったけれども、ついと気が逸れてしまうのは(おさ)なさ故である。 箱は扇の入れ物にしてはやけに平べったい。 大抵の場合、扇は畳んでしまうものであるから、必然、入れ物は縦に細長い形となる。 しかしこれは縦横がほぼ均等な真四角であった。 厚みは他とそう違わなかったけれども、その形の分だけ扁平な印象を受ける。 菓子折りの箱だと言われたら成程と思ったことだろう。 もしかすれば、実際に菓子折りの入っていた空き箱を流用しただけのものなのかもしれぬ。 シミはあったが汚らしい感じはしなかった。 汚れてシミができているというより、単に古びて黄ばんでいるという方が正しい。 飾り気も何もなく、本当にただ和紙でできた箱というだけに見える。 けれども中身が入っていることは、膝の上へと運んだ時の微かな重みと、内側で擦れるような音でわかっていた。 開いてみる。 どうあれ玉露の持ち物であるから粗雑な扱い方はしない。 そこのところ、勤勉な紅花である。 フタの左右に指先を揃えて手を添え、そっと持ち上げた。 微かに乾いた音がして、中のものが明らかになる。 はやりと言うべきかどうか、収められていたのは扇であった。
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