五幕の三・類なき花嫁

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まるで子供の手習いじみた一品に、これは何かと問おうとした紅花は、 しかし続く言葉を失った。 見上げた先に花嫁が立っていたからである。 否。 無論、そこに居たのは玉露である。 玉露であり、着ているものも先に見立てたとおりの装いであったが、 驚いたことに、彼は角隠(つのかく)しを(かず)いていた。 「なぁに鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔してんだい」 言ったあと、玉露はニッタリと笑みを浮かべた。 角隠しによって顔の半分ほどが陰になっているから、赤々とした唇が殊更に水際立って見える。 会心の笑みである。 紅花の反応は、彼にとって目論見通りだったという訳だ。 「急拵(きゅうごしら)えですからね、あまり動かないで下さいよ。すぐに崩れちまいますから」 脇から五十路(いそじ)ほどの男が忠言を与える。 紅花も顔を知るいつもの鬢屋ではなかった。 と言って、玉露と知らぬ仲というふうではない。 「助かったよ」 「それなら良かったですがね。  小道具やって長いですが、こんな急場しのぎは初めてですよ。娼妓に綿帽子(わたぼうし)被せたのもね。  ま、舞台は違えど娼妓も役者だ。お役に立てたなら何よりですよ」 察するに、日頃は芝居の小道具作りを生業としている男であるらしい。 鳳ノ介の縁者であるのやもしれぬ。 男は与えられた役目を終えると、サッと道具を片して会釈を残し、去って行った。 さばさばと後腐れのない態度はいかにも職人気質である。 その場に立ったままの見送りをした玉露は、 改めて紅花に向かうと、 「どうだい」 と、得意げな様子で尋ねた。 「……凄いです」 まだ驚きにぽかんとしたまま、紅花が返事する。 「語彙(ごい)が足んないねぇ」 はああぁ、と玉露は大仰に溜め息した。
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