五幕の三・類なき花嫁

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急拵えの角隠しは、反物を折ったり括ったり留めたりして形作られているらしい。 苅安(かりやす)染めの濃い常葉緑(ときわみどり)生絹(すずし)を重ねた彩りは、ほんのりと優しく柔らかく、 かつての王朝の雅やかな襲色(かさねいろ)を思わせる。 着物と打掛は紫の濃い薄い、竹葉(ちくば)が茂り、腰に蓑亀の翠玉、被いた布は海松(みる)の襲。 と、どこも花嫁らしいところはないのに、その姿は花嫁以外の何物でもない。 花嫁にしか見えぬに関わらず、初々しい無垢さとか純情可憐さとかは微塵もなく、 ある種、老獪なまでの堂に入った高い風格が備わり、 派手ではないのに艶やかで、それでいてどこまでも物柔らかに寿ぎを伝えてくる。 世にも妙なる、不思議な花嫁姿であった。 それは彼の矜持のなせる(わざ)か。 今宵の宴の大事な大事な、替えの利くはずない特別の衣装を、 いっかな予想だにせぬ災難が舞い込んでのこととはいえ、 己の意地を通すためにうっかり手放すへまをしたことを、 どうにかこうにか取り繕おうという悪足掻きと言ってしまえばそれまでのこと。 幾分、奇を(てら)っているだけで格別上手いやり口とは言えぬのかも知れない。 それでも、この姿に辿り着いたのは玉露なればこそであろう。 こうも立派な花嫁なぞ、この世に二人と居らぬ。 花嫁は祝われる者。 けれども、玉露の花嫁姿は、ひたすらに相手を祝うためにあった。 不意に見せる健気さが、紅花の小さな胸を打つ。 彼の愛される訳が分かる気がした。
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