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しかしてこの感動を表現する術を紅花は知らない。
言葉のお粗末さを詰られた少年は、反目しようにも不甲斐ないばかりである。
溺れた魚みたくに口をぱくぱくさせるうち、先に玉露が飽いてしまった。
「おや、あんたそれ」
つと目線を落とした玉露が言う。
紅花の膝に置かれた扇を見ていた。
「あ、そうです。これを訊こうと思って」
「懐かしいねえ」
紅花がみなまで言い終える前に、玉露は目を細めて少し屈むと、箱に収まっていた扇を手に取る。
日に透かすように表、裏と翻して眺めた。
それからつうと紅花に目を向ける。
「まさかあんた、今夜の扇をこれにしよってんじゃないだろうね。
幾らなんでも酷いよ。物の良し悪しもそうだけど、またぞろ季節通りの柄を選んで、いつになったら粋ってもんを覚えるんだか。頭がすっからかんなのも大概にしな」
悪し様である。
「いえ、まさか」
弁解を試みるが、ならばどれに決めたのか、差し出すべき品は未だ見繕えていない。
頼まれた仕事を終えぬうちに気を移ろわせていたとは言うに言えぬから、続く言葉に詰まってしまう。
今更である。
叱られても仕様がないと身を小さくした紅花であったが、
意外にも、玉露はそれ以上の小言は垂れなかった。
それどころか、
「ま、それは兎も角、お手柄じゃないさ」
と上機嫌である。
一旦竦めた首を今度は傾げる紅花に、ふふっと玉露は悪戯めいた笑いをもらした。
「こりゃあたしが作ったもんだよ」
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