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紅花の脇を抜け、絹ずれを立てて玉露が座敷にあがる。
フッと灯篭を吹き消す紅花の耳に、一同のどよめきが届いた。
「これはまた……」
「なんとも」
世にも妙なる花嫁姿。
華々しさとはかけ離れつつ、艶やかに気品高い玉露の姿に、讃嘆とも驚嘆ともともつかぬ声が漏らされた。
しかし、場の雰囲気は賛美だけに留まらぬ。
席に着いた各々が、どこか困惑したような視線を交し合った。
なるほど、水下げ以来長く馴染みの老翁は、今宵玉露がどんな趣向でもてなすか、容易く見抜いていたのであろう。
かつて自らが贈った婚礼衣装がいかに見事なものであったか、それを纏うた玉露がいかに素晴らしい姿となることか、
心躍る思いと共に老爺は今日の同席者らに前もって話を聞かせていたのやもしれぬ。
だとすれば、客らの戸惑いはそのまま、期待に対する落胆、失望を意味していた。
人知れず、紅花の指先が震える。
屈辱。
少年の指を冷やしたのは、一言で言えばそれだった。
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