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「お陰様で」
白粉に浮かぶ紅の唇が、花びらの如くにキュッと笑む。
たおやかな仕草で玉露は老翁に初めの一献を注いだ。
老翁はそれを空けずに返杯を注ぐ。
肩を擦り合わせるようにして受ける玉露は紅花の目に、どことはなく、甘えているように見えた。
ふふっと二人は微笑み交わす。
「三々九度と参ろうか」
「古女房だけどねぇ」
本気とも戯れともつかぬことを言い、二人は同時に盃を煽る。
三々九度などと言いながら、共々、勢い良く一息によく飲み干した。
示し合わせた訳でもなかろうに、なんとも息の合った振る舞いである。
これには招かれた一同も呆気に取られ、しばししんと静まり返ったが、
じき誰彼となく笑い始めた。
「いやはや、まったく。見せつけて下さる」
「敵いませんなあ」
「妬くに妬けずの自棄っぱち、ってなもんだ」
口々に言って、八木翁と玉露の仲睦まじさを褒めたり野次ったりする。
一気に場は温まり、僅かばかり前の当惑した空気は一掃された。
各々酌をし合いながら、改めて八木三郎の喜寿を目出度がり、
また玉露の一風変わった花嫁姿での登場について、意外だとかれはあれで美しいとか感想を述べあったりする。
なんとも気持ちのいい人たちであった。
ほのぼのとした祝いの雰囲気に、紅花の胸にあった氷塊の如き思いも、緩やかに溶かされてゆく。
自らの役割を果たすべく、順々に酌をして回り始めた。
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