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主役の席では八木三郎が、寿老人か福禄寿かという顔つきで、しみじみと玉露の姿を眺めている。
まさに『愛でる』といった眼差しは、どこまでも優しく、
玉露が老爺の喜寿を寿ぐのと同様に、老爺もまた、玉露のこれまでの成長を心から祝っているのだとわかる。
互いに祝福しあい、喜びを分かち合っている。
それは長年連れ添い続けてきた老夫婦の幸せな姿のようであり、
常しえの愛を誓い合ったばかりの若夫婦の高潮した姿のようでもあり、
ようよう立派な花嫁になった我が子を慈しむ父と、
生まれ落ちた時から慕い続けてきた父にこれまでの感謝を込める娘との、
満ち足りた至福の姿のようでもあった。
「ほれ、もっとよう顔を見せてはくれんか」
八木翁が乞い、玉露は自ら角隠しを取る。
海松の襲がはらりと舞って、鬢付け油のツンと澄んだ香りが立ち昇ると共に、
角隠しであったものが柔らかな生絹と常葉緑の紗綾へと崩れ去る。
現れたのは幾多の簪であった。
大きく結われた日本髪に、十を超える簪が観音様の後光の如くに飾られている。
金でできた細長い串状のもの、またその先に藤や桃の花房の垂れ下がったもの、
扇状の板に吹雪が舞い散る蒔絵が施された櫛型のもの、
瑪瑙や珊瑚を用いた玉の飾り、戯れる蝶の螺鈿、
堆朱でできた雲間に龍が顔を覗かす珍かなもの。
もはや季節も脈絡もない。
「これはまた、随分と派手に仕上げたものだ」
眉尻を下げて苦笑するように、八木三郎はほっほと笑う。
その両頬が心なしか赤い。
飲み慣れた御仁のこと、酔いが回ってではないだろう。
「みぃんな、お前様から戴いたものだよ」
すり、と玉露が老いた撫で肩に、白い面をすり寄せる。
大事なものに触れるように、薄い老爺の胸に掌を沿わせた。
うん、うん、と感慨深げに老爺は首肯する。
八方に広がる簪に頬を引っかかれ、「こりゃたまらん」とおどけながらも、寄り添う肩をしかと抱いた。
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