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「ただ漉くだけでは、ちと芸に欠くから途中で拾った紅葉やなんかを加えてね。あの時の玉露の妙に真剣な顔つきときたら」
「ちょっと、イヤだよ、そんなにまじまじ見てたのかい。恥ずかしいったら。って言っても、今更だけどねぇ」
不器用な手つきで一枚一枚、ああでもないこうでもないと悩みながら枯れ葉を配置する少年時代の彼の姿が、
今なお八木翁の目には見えているのやもしれぬ。
そんな具合で一応のところ「自前の作品」という建前だけは整えた。
まったくの児戯である。
それを後日、八木三郎は扇子の形に変えて玉露に贈った。
拵えこそ立派であったが元が元、肝心の扇面が素人芸であるから見栄えはよくなく、まともに閉じれもしなかった。
団扇にした方がマシであったが、そこは季節柄であろう。
しかし、秋晴れの下を二人、快い風に吹かれながら歩いた時間は清々しく、
キレイな色に染まった葉を拾い上げては見せ合い、笑みを交わした記憶は温かく、
それを織り込み貼り付け飾った和紙の扇は、いっかな不細工でも愛しく思えた。
だが、大事大事としまいこみ、いつしかこのことを玉露はすっかり忘れてしまった。
八木三郎もまた、同様である。
それだけ、多くの思い出を二人が積み重ねてきたということでもある。
ひとつひとつは取るに足りず、遠のくごとに忘れ去ってしまうくらい、何度も連れ立って歩いたし、色々な風景を眺め、様々な経験をした。
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