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ここに至って紅花は、これは自分に話されているのではないと気づいた。
紅花を介して、玉露はここに居る皆の者に話を聞かせようとしているのである。
何故か。
明白である。
それが八木翁に対する賛辞だからだ。
玉露は不平を告げるふりをして、実際には惚気ているのである。
いかに二人が仲睦まじく、
その関係を築くに至った八木三郎の人となりがいかほど魅力的で優れていたか、
玉露は遠回しに自慢して翁への賛辞を送っているのである。
手塩にかけた可愛い妓に、これまた懇意の面々の前で褒められて、自尊心をくすぐられぬ男はない。
老境に達しても、嬉しいには違いあるまい。
「昼間あんなに楽しく過ごしてさ、ちょいと疲れて帰ってお酒も回って、いい気分になったところで突き放されるんだよ。
寝ろったって寝られるもんかい。肌寒くって堪りゃしない」
ケッと玉露は毒づく。
けれどもそれが前振りに過ぎないことが、ようやく紅花にも分かり始めた。
案の定、玉露は急にしおらしくなると、頬と頬とが触れ合いそうなほど八木三郎に一層寄り添って、枯れ枝の手に白い手を重ねる。
「どんなにか一人寝が侘しく感じられただろう。あたしがあんまりガキだから、御手付けする気にもならなかったんじゃないかなんて、悩んだりしてさ。
これが惚れずにいられるかい?
なん回りも歳の違う爺様相手にさ、どうかしてるって思うだろ? けど離れたそばからもう会いたくってさ、切なくってねぇ」
伏せた睫毛がふるりと震える。
今にも玉露が泣き出してしまうのではないかと、濃い睫毛の下からきらりとしたした滴が落ちてくるのではないかと、
紅花は気が気でなくなった。
周囲の者も思わず固唾を吞んで見守っている。
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