六幕の一・紅花

2/10
前へ
/602ページ
次へ
いささか守銭奴のきらいのある親父であるが、 手前の焼いたスルメを大事大事に囲い込むほどケチではない。 女衒(ぜげん)だか人買いだかから年端のゆかぬ子供を買い取り、 色売りに育てて荒稼ぎするのも、 (せん)から陰間茶屋を営む家に生まれ育って跡を継いだからであって、 根っから阿漕(あこぎ)な人間性というのでもない。 紅花を可愛いと思う心がないではないのだ。 まだ赤ん坊なのを引き受けて手塩にかけて育てたわけじゃなし、 日頃の躾なんてものは玉露(ぎょくろ)に任せっきりで、 食う物、着る物、寝場所は与えても寝食を共にはしていないのだから、 親心なんて大それた代物は抱いちゃいないが、 それでもまあ、毎日顔を合わせて長く過ごせばそれなりの情はわく。 紅花は素直で気立てのよい子である。 こんな境遇であっても暗いところやしみったれたところ、 腐ったところがなく、 たまにトンチンカンなことをやらかすこともあるが、 働き者で見目も良い。 愛しくはなくとも憎からずだ。 まして、自身の実の倅がどうしようもないクズと来ては猶のこと。 息子のろくでなしは重々承知していたが、 よもや手前の尻を手前で拭えぬ体たらくとは思わなんだ。 しばらく前の出来事を思い出すと、親父の胸に暗雲が立ち込める。 あんな騒動を店に持ち込むとは、我が子ながら情けない。 腹立ちまぎれに女房を罵ってみたところで、子育ては二親の責任であろう。 しかも、その子の負うた借財を肩代わりしたのは、二親どちらでもない。 真っ赤な他人の玉露(ぎょくろ)である。
/602ページ

最初のコメントを投稿しよう!

212人が本棚に入れています
本棚に追加