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ああはなってくれるなよと、
今のところ純真そうに育っている紅花を眺めて、ついとそんなことを思う親父であった。
こんな愛らしい童が、いずれ女狐だか古狸だかに化けるなんてのは、
世の中無情すぎるというもの。
尤も、それに一役買っているのは、親父自身なのであるが。
いついつまでも無垢な心根では色売りは務まらぬ。
男心を弄び、計算高く立ち回っては、自身を高く売りつけるのが娼妓の商い。
でなくば、ただ食い物にされて惨めなばかりである。
狐狸妖怪の如きひねくれた性根に育って欲しくもないが、
軽々しく遊ばれ使い捨てられる安い玩具のような、
芸もなければ尊厳もない心根の腐爛した卑しいだけの下郎になってもらってはもっと困る。
膚は汚しても魂は穢さぬ気概と気位あってこそ娼妓は美しいものだ。
そこのところ、玉露は実に立派なものだから、まあ手本としては悪くないのだろう。
どうにかして性格の悪さだけは似ないでくれればいいのだが。
と、手前勝手な願いをこねつつ親父は焼けたスルメに手を伸ばす。
熱ち、熱ちと抓んだ手を開いたり閉じたり繰り返しながら、
食べやすい大きさに剣先を裂いた。
白く上がった湯気と共に、尚一層に香ばしくスルメの匂いが立ち昇る。
「ほれ」
ふうふうと少し息を吹きかけ冷ましてやってから、
ひとつを紅花に差し出してやると、
少年は大粒の円らな瞳を輝かせて喜色満面、こぼれんばかりに破顔した。
ついでに涎まで垂らしそうである。
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