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六幕の二・観劇
俥夫の曳く人力が華やいだ町を行く。
急な外出に慌てて仕度した紅花が連れて来られたのは、
芝居町と呼ばれる、寺川町随一の歓楽街であった。
紅葉も散り果て、
『梅に鶯』のある茶屋町では観光客の足もすっかり遠のき、閑古鳥の鳴く有様であるが、
芝居町一帯では様子が違っている。
寄席に芝居に活動写真にと、寒空を逃れて楽しもうという人々で賑わっていた。
尤も、やはり地元の者や近場からの人出が殆どであるから、
無暗と気張っていたり、気の立ったような者は少ない。
みな、ちょいとめかし込んで気楽な遊興に浸っている。
化粧を落とした役者が道端でぷかぷかと煙草を喫んでいたり、
派手な振袖、簪の芸者が立ち話していたり、
逢引の最中だろう男女がそれらを面白そうに横目にしながら肩寄せ合って歩き過ぎたり、
華美さの一方でどことはなしに暢気な風情があるのが、寺川町らしい面であろう。
からからと鳴る人力も、この町では悪目立ちすることなく、
その軽快な響きで人々の鼓膜を楽しませながら、景色に溶け込み進んでゆく。
紅花はあまりキョロキョロしてみっともないと叱られないよう、
幾分気を遣いながら、いかにも楽しいばかりの町の雰囲気を眺めていた。
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