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すぐ隣には玉露がつんと澄ました顔で座っている。
仕事柄、あまり外出をしない彼にはそれなりに面白い光景ではないかと紅花なぞは思うのだが、
どうにも玉露は興味なさげな態度である。
それが行儀としての振る舞いなのか、本当に退屈しているのか、紅花には判別がつかない。
ただ、そうして落ち着き払って俥に揺られている姿は、美しいと感じる。
すっと伸びた背筋に白い鶴首、通った鼻梁、黒々とした濃い睫毛の流線。
俥夫の走るのと同じ速さでひやりと顔に吹きつける寒風の合間に、
時折、玉露の白粉と鬢付け油がスッと香った。
それを嗅ぎつけるたび、紅花はすぐ近い玉露の温もりさえも伝わるようで、
妙にどきどきと胸が騒ぐ。
日頃、同じ部屋で寝起きし、食事し、
着替えに化粧に湯あみにと、素肌を見るのもそれに触れるのも珍しいことではなく、
慣れきった相手だというのに不思議なものである。
また、それとは別に、
足元が冷えてはつらかろうと俥夫が掛けてくれた大判のケットが、
並んだ二対の膝の上を渡っているのが、
なんともいえず紅花にはこそばゆいのであった。
どこへ行くとも何をするとも聞かされていないのに、
ただ玉露と並んで同じひざ掛けを使いながら人力に乗り、
芝居町の華やいだ賑わいを目に映して、浮かれている。
そこのところ紅花は少年らしい。
無邪気で且つ考えなしである。
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