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そうして男と会話しながら、紅花はふと内心で首を傾げる。
自身はこんなにも、他人との会話を楽しめる気質だったろうか。
相手は今しがた見知ったばかりの名も知らぬ他人で、しかも随分と年の離れた大人の男で。
郷里に居た頃なら、どうだったろうか。
こんな、育ちも違えば仕事も違う、共通の知り合いもいない、同じ遊びをすることもない相手の話題を、
興味深く聞くことなどあっただろうか。
あるはずもない。
あんな寒村ではまず出会うことない人物だ。
だが、そんな理由だけだろうか。
親兄弟、友達と呼べたはずの仲間とだって、こんなに話をしただろうか。
こんなふうに、相手の話に耳を傾け、相槌を打ったり、合いの手を入れて会話してきただろうか。
きっとそれは、玉露の躾の賜物なのだ。
だが同時に、
それは果たしてこの年頃の童の振る舞いとして、広く一般的であろうか。
人として正しくはあるけれど、少年としての正しさはこれだろうか。
得たものと、失くしたもの、
明確な言葉にならないまでも、何かがふっと紅花の胸に過る。
それが影なのか、光なのか、それさえ分からず。
嬉しいのか、悲しいのか。
曖昧な微笑が大きく円らな瞳を細くさせ、
くるりと巻いた睫の毛の先が変わらず天を指しつつも、小さな翳を白い頬に落とす。
きゅっと窄まる唇が、膨らみかけの蕾に似て、いじらしく、愛らしく笑う。
男は一瞬、ハッとしたような顔して、
しかしすぐにまた、今度は自分に似て活発な倅の話なんぞを始めた。
そうこうするうち、じき開演である。
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