六幕の二・観劇

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そうして男と会話しながら、紅花はふと内心で首を傾げる。 自身はこんなにも、他人との会話を楽しめる気質だったろうか。 相手は今しがた見知ったばかりの名も知らぬ他人で、しかも随分と年の離れた大人の男で。 郷里(さと)に居た頃なら、どうだったろうか。 こんな、育ちも違えば仕事も違う、共通の知り合いもいない、同じ遊びをすることもない相手の話題を、 興味深く聞くことなどあっただろうか。 あるはずもない。 あんな寒村ではまず出会うことない人物だ。 だが、そんな理由だけだろうか。 親兄弟、友達と呼べたはずの仲間とだって、こんなに話をしただろうか。 こんなふうに、相手の話に耳を傾け、相槌を打ったり、合いの手を入れて会話してきただろうか。 きっとそれは、玉露の躾の賜物なのだ。 だが同時に、 それは果たしてこの年頃の(こども)の振る舞いとして、広く一般的であろうか。 人として正しくはあるけれど、少年としての正しさはこれだろうか。 得たものと、失くしたもの、 明確な言葉にならないまでも、何かがふっと紅花の胸に過る。 それが影なのか、光なのか、それさえ分からず。 嬉しいのか、悲しいのか。 曖昧な微笑が大きく円らな瞳を細くさせ、 くるりと巻いた(まつ)の毛の先が変わらず天を指しつつも、小さな翳を白い頬に落とす。 きゅっと窄まる唇が、膨らみかけの蕾に似て、いじらしく、愛らしく笑う。 男は一瞬、ハッとしたような顔して、 しかしすぐにまた、今度は自分に似て活発な倅の話なんぞを始めた。 そうこうするうち、じき開演である。
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