六幕の三・道行

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ついさっきの親父とのやり取りなどすっかり忘れたふうで、 玉露は美味い美味いと舌鼓を打ってぜんざいを食している。 さすがに私室で寛いでいる時とは違って、大口を開けてぱくつきはしていないが、 かと言って楚々と淑やかな仕草で頂いているわけでもない。 普通だ。 紅花は狐に鼻を抓まれたような、煙に巻かれたような、妙な心持ちになって目をぱちくりする。 「早くおあがんな。冷めちまったら勿体ないよ」 促されて、ようやく箸を上げた。 食べ始めればそこはそれ、育ち盛りの少年であるから夢中になるのに時間はかからない。 一応のところ行儀は気にしつつ、しかし食欲旺盛に箸を運ぶ。 『梅に鶯』とて甘味処であるから、ぜんざいのひとつくらい勿論あるのであるが、 他所(よそ)で食べるそれはまた違った美味しさがあった。 使っている糖だの豆だのの違いもあるのだろう。 シャリともツプともつかぬ甘い小豆の食感に、とろりとした汁気と焼き餅の香ばしさ。 ぽってりとした椀の手触りが優しく、伝わる温さが心地よい。 さも嬉しそうに顔を輝かせて食べる紅花に、 玉露は小皿に載った塩昆布(しおこぶ)を摘まみながら、ふふと鼻を鳴らした。 「それで、どうだったい」 紅花の食の勢いが落ち着くのを見計らって、玉露が問う。 口元を拭った懐紙を丁寧に折り畳んでいた紅花は、きょとと視線を彼に合わせた。
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