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ついさっきの親父とのやり取りなどすっかり忘れたふうで、
玉露は美味い美味いと舌鼓を打ってぜんざいを食している。
さすがに私室で寛いでいる時とは違って、大口を開けてぱくつきはしていないが、
かと言って楚々と淑やかな仕草で頂いているわけでもない。
普通だ。
紅花は狐に鼻を抓まれたような、煙に巻かれたような、妙な心持ちになって目をぱちくりする。
「早くおあがんな。冷めちまったら勿体ないよ」
促されて、ようやく箸を上げた。
食べ始めればそこはそれ、育ち盛りの少年であるから夢中になるのに時間はかからない。
一応のところ行儀は気にしつつ、しかし食欲旺盛に箸を運ぶ。
『梅に鶯』とて甘味処であるから、ぜんざいのひとつくらい勿論あるのであるが、
他所で食べるそれはまた違った美味しさがあった。
使っている糖だの豆だのの違いもあるのだろう。
シャリともツプともつかぬ甘い小豆の食感に、とろりとした汁気と焼き餅の香ばしさ。
ぽってりとした椀の手触りが優しく、伝わる温さが心地よい。
さも嬉しそうに顔を輝かせて食べる紅花に、
玉露は小皿に載った塩昆布を摘まみながら、ふふと鼻を鳴らした。
「それで、どうだったい」
紅花の食の勢いが落ち着くのを見計らって、玉露が問う。
口元を拭った懐紙を丁寧に折り畳んでいた紅花は、きょとと視線を彼に合わせた。
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