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「え?」
と、短い声を溢したきり、紅花はしばし沈黙した。
意図してのことではない。
ただ、急に肝が冷えた。
何故なのか紅花自身わからない。
玉露の言葉の意味を掴みかね、理解が及ばぬにも拘わらずヒヤリとして、固まっている。
「だからさ」
呑み込みの悪い少年の反応に、
玉露は面倒くささを覚えてか、幾分投げやりな声音になった。
「あんたもああいう檜舞台に上がってみたいかと訊いてんのさ」
そこで玉露は一つ、息を吐く。
「すっかり忘れちまってるみたいだけどね、陰間ってなあ、陰の間、つまり舞台袖で修行する半人前の若衆のことを云うんだよ。ま、昔の話だけどね。
今じゃ陰間なんて単に色売りの男娼妓でしかないけどさ、元は立派に役者の下積み修行だったわけだよ。
あたしの哥さんが誰だったか、いくらあんたが鳥頭だって覚えてないじゃあないだろ?」
訊かれて尚、紅花はまだ硬直したきりである。
ますます目を大きくして玉露を見つめているばかりだ。
返事がなければ会話にならない。
玉露はつんと顎を反らして、半ば斜に構えた。
一方通行となってしまった会話を、やはり幾らか面倒くさそうに繋ぐ。
「そりゃ、あたしはこんなだからね、役者になりたいなんざこれっぽちも思いやしないよ。
男と遊んでなんぼ。舞台でおひねり貰うより、酒気を浴びながら乳繰り合うのが好きなんさ」
玉露にしては下品な言い草である。
紅花はその態にただ圧されている。
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