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片膝を摩り摩り、玉露は紅花の肩を掴んで立ちあがる。
先に立った玉露に手伝われて、紅花も恐る恐る立ちあがった。
右も左も均等に、向う脛が痛くて膝が真っ直ぐならない。
だがそれよりも気になって、紅花は小声で問うた。
「ご亭主って、哥さん、あの方をご存知なので」
「まさか」
と玉露は応じる。
「あたしが客の連れ合いの顔なんざ知るはずないだろ。
けどま、言い草聞きゃあ判るじゃないさ。嫁じゃないなら懸想してんだろ。そんな年頃にゃ見えないけどねえ」
妬気に逆上せてんのさ。
と玉露は言った。
もはや彼にとってこの一幕は茶番程度にしか思われていないらしい。
思い詰めた女をよそに、すでに飽いたふうすらある。
酷い男だと、紅花は率直に思った。
女が真実、玉露の旦那連中の何方かの妻であるならば、彼女の夫を玉露が寝取ったことに誤りはないのである。
別に妾に収まろうというのでなし、玉露のそれは仕事であって、閨を共にしたのだから前の妻とは離縁せよと、そう迫るわけでもない。
店の中では恋仲、夫婦、本命と呼び合っても、それは遊びの上でのこと、現実でないことなど玉露も客も承知している。
それでも、やはり旦那が妻でない陰間を抱くことには違いない。
それを許すか許さぬかは、妻の度量次第である。
嫉妬に駆られても無理はない。
だが。
醜い、とも紅花は思った。
妬気に駆られた女は醜い。
惨めで、無様で、目を逸らしたくなる。
夫を他に盗られれば妬くのは当たり前のこと。
けれども当たり前だからこそ、当たり前では卑俗である。
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